神社仏閣

五木阿蘇神社(東俣・西俣阿蘇神社)|御朱印やアクセス

    五木村の中心地頭地(とうじ)地区にある五木阿蘇神社。

    来歴やアクセス、御朱印などについてご紹介します。

    五木阿蘇神社

    歴史と「水没の危機」を乗り越えた移転

    平安時代の創建: 平安時代初期の大同年間(806年〜809年)に創立されたと伝えられています。

    人吉藩主の篤い信仰: 江戸時代、相良氏(人吉藩主)は五木村の民衆との結びつきを重視し、代官を派遣して参拝させたり、領主自らが例大祭に足を運んだりしたという記録が残っています。

    ダム計画による合祀・遷座: もともとは、江戸時代から村に存在した「東俣(ひがしまた)阿蘇神社」「西俣(にしまた)阿蘇神社」という別々の神社でした。

    しかし、川辺川ダム建設計画により元の境内が水没予定地となったため、2004年に「清楽の白木神社」を加えた三社を合祀し、現在の高台(頭地代替地)へと移転(遷座)しました。

    来歴

    現在、この神社(東俣・西俣阿蘇神社)は日本遺産「人吉球磨」の構成文化財に認定されています。

    ちなみに、人吉球磨の日本遺産の公式サイトには、東俣阿蘇神社として紹介されています。

    御祭神とご利益

    境内

    阿蘇神社の分霊を迎えており、いわゆる「阿蘇三神」が祀られています。

    健磐龍命(たけいわたつのみこと)

    阿蘇都姫命(あそつひめのみこと)

    国造速瓶玉命(くにのみゃっこはやみかたまのみこと)

    山深い土地での暮らしに根ざした神様として、農業守護・五穀豊穣・家内安全・開運・諸願成就などのご利益で知られています。

    境内の注目見どころ

    現在の社殿は、移転前の旧社の木造建築部材や鳥居の一部をそのまま活かして移築・再建されており、職人の見事な伝統技術を間近で見ることができます。

    神殿の構造(覆屋造り): 本殿は、人吉球磨地方の伝統的な特徴である「覆屋(おおいや・本殿をすっぽり包んで守る建物)」の中に収められています。

    「タスキ」の装飾: 本殿の正面には、この地に祀られている平川氏の怨霊を封じるためとされる「タスキ」と呼ばれる独特の装飾が施されています。

    樹齢600年の御神木の切り株: 移転の際にやむなく伐採された、旧東俣阿蘇神社の「樹齢600年」とされる巨木のご神木の切り株(直径1m以上)が境内に奉納されており、かつての雄大な姿を今に伝えています。

    鳥居

    五木阿蘇神社の御朱印

    以前は、道の駅子守唄の里五木内の観光情報センターで御朱印を拝受できました。

    御朱印

    ですが、2026年から観光情報センターを委託運営されていた事業者の方がいなくなってしまい、現在、道の駅では御朱印が拝受できません。

    神社内に宮司さんがいらっしゃれば拝受できるそうですが、必ずしもいらっしゃるとは限りません。

    基本情報・アクセス

    お問合せやサイト運営者プロフィールはこちら

    関連記事

    コメント

    この記事へのコメントはありません。

    TOP
    目次